「防人の島」の危機?
ある全国紙(産経新聞)が「対馬が危ない!」と題するキャンペーンを始めたのは、今からちょうど5年前の2008年10月だった。
対馬は九州と韓半島の間の玄界灘に浮かぶ、長崎県に属する国境の島である。その対馬に韓国から大量の観光客が押し寄せ、島の土地を韓国人がどんどん買い占めていると警鐘を鳴らす内容で、対馬がまるで韓国に乗っ取られかねないかのようなトーンで書かれていた。さらに対馬の自衛隊施設に隣接する土地に、韓国系のリゾートホテルが建設され、国防上、問題があるかのようなキャンペーンが行われていた。
私が雑誌の取材で現地を初めて訪ねたのは09年6月のことである。対馬市の財部能成市長にも時間をとってもらい直接取材を行い、自衛隊施設の隣にあるリゾートホテルにも足を伸ばし、取材した。そこで見えてきたのは、冒頭の新聞記事に描かれているようなキャンペーンとはまるで異なる事実だった。
まず、韓国人が対馬の土地を大量購入し、島の脅威になっている旨の主張については、まず財部市長自身が明確に否定してみせた。
産経報道をうけて、対馬市が新たに独自調査した結果によると、韓国人の所有する土地は4万8000平方メートルにすぎず、696平方キロメートルの対馬の土地のうち、わずか0.0069%にすぎないとの説明だった。
要するにキャンペーンは事実的根拠に基づかない、虚偽キャンペーンというべきものだったのである。
当時、永住外国人に地方参政権を付与する法案がとりざたされている時期でもあり、外国人に参政権を認めれば、対馬に外国人が大量に流れ込んできて、島を乗っ取られかねないとの主張も繰り返されていた。ところが現地で調べてみると、対馬の人口3万6000人のうち、外国籍住民の数はわずか120人にすぎず、さらに永住外国人は30人程度だった。
もし仮に外国人参政権が認められても、それによって増える有権者の比率は、わずか0.08%にすぎなかった。
いずれも「ためにするキャンペーン」の典型というべきもので、現地住民に聞いてまわっても、右派メディアが主張するように、韓国人に島が乗っ取られかねないなどと危機感を持つ者はむしろ少数というのが現実だった。
外国人敵視キャンペーンの一環
2010年春、民主党政権が樹立されて半年ほどたったころ、当時まだ実権をもっていた小沢一郎氏の主導のもと、もう少しで外国人参政権法案が成立する見込みに至るかもしれないとの政治的局面が生まれた。そうした機運は翌年1月、推進派の小沢氏が陸山会事件で強制起訴されたことで、法案成立も同時に遠のく形となった。
その過程で右派メディアが新たに持ち出したのは、長崎県の対馬ではなく、こんどは沖縄最西端の島・与那国島だった。台湾にもっとも近い島であり、島の人口は2000人に満たない。その島で外国人参政権を認めることになると、中国から1000人規模の住民が移住してきて、すぐに乗っ取られかねないといった懸念が宣伝された。
私がこの島を訪ねたのは10年4月。町役場に行って外国人の数を尋ねると、5人しかいないという。永住外国人となると、人数はさらに少なかった。
町の中では満足に昼食をとれる場所も満足になく、私はしばしば空港まで出かけて、空港内の小さなレストランで食事をとった。現地の不動産に詳しい住民に聞いてみると、島では「住める場所」が限られているため、「仮に多くの人が移住したいと思っても、物理的に無理」との答えが返ってきた。
結局、ここでも事実的根拠に基づかない一方的な創作キャンペーンが繰り広げられていただけだった。
ちなみに島では自衛隊誘致をめぐり、島民の意見が誘致派と反対派に二分されていたが、島民の多くは防衛上の必要性はなんら求めていなかった。むしろ経済振興のために、国の機関が来てくれるなら受け入れるといった程度の考えでしかなかった。
さて、今年になって取りざたされるようになったのは、こんどは長崎県の五島列島である。台風から一時的に避難するための中国船が大量に港に押し寄せた一件を取り上げて、中国に乗っ取られかねないとの主張が、右派メディアや右派系文化人などから繰り返し発言されるようになった。
それらの主張には、中国船の脅威を煽る一方で、船が避難目的で入港した事実にはあえてふれないか、ごくわずかに言及するだけという特徴があった。半面、中国船がいかに大型化し、最新設備を備えているかばかりが強調され、島の国防を真剣に考えないと、日本は危機に陥りかねない旨の主張が繰り返された。
この数年繰り返されてきた「対馬――与那国島――五島列島」とつづく「離島の脅威」キャンペーンは、いまも断続的に続いている。その裏には、日本の軍事拡大や中韓を敵視する感情を広めようと意図する狙いが隠されていることは明らかだ。ニュースの裏にさまざまな事情があることを見落としてはならない。