子どもを守り育む地域社会
子どもが登場する文学の名作に『二十四の瞳』がある。昭和初期の小豆島を舞台にして、分教場に赴任した若い「おなご先生」と12人の小さな教え子との交流を描いた物語だ。
読みどころは、1年生の子どもたちが、足を骨折して実家で療養している「おなご先生」を訪ねて行く場面。恩師の顔を見たさに、見知らぬ遠い道を泣きながら歩く子どもたちのいじらしさが涙を誘う。
この場面の裏側で描かれる大人たちの姿も感慨深い。子どもが帰らないことを案じる彼らは、自然と地域ぐるみで集まる。そして、子どもたちが集団でいるのを見かけたという情報になかば安堵し、母たちは待機して、子どもが帰ったらどのように対応するか知恵を出し合い、父たちは何人かのグループで子どもを迎えに出かける。
このような子育てにまつわる〝心配の共同体〟は、かつて日本のあちこちで見ることができた。古いムラ社会に代表される窮屈な人間関係は煩わしいが、地域社会の柔らかなネットワークは子育てに不可欠だ。
社会全体で、子育てする母親をサポート
2010年に大阪市のマンションで、2人の幼児が餓死するという痛ましい出来事があった。若い母親は離婚後、育児が嫌になり、子どもを置いて外泊を続けていたようだ。逮捕された彼女は、「相談できる友人がいなかった」と述べている。
また、神奈川県では、乳児の遺体を遺棄する事件が、2009年からの3年で4件起きていて、いずれも未解決のままになっている。この種の事件の背後には、妊娠したものの、何らかの事情で出産を望まず、孤立して悩む母親の姿が指摘されている。
こうした悲劇を防ぐために、地域社会の柔らかなネットワークをつくる試みが始められている。いくつかを紹介しよう。
たとえば公共の図書館では、乳幼児を対象にした絵本の読み聞かせイベントなどを催すことが増えている。そこには子どもだけでなく、子育てに苦心している母たちも集う。ある識者は、「赤ちゃん連れで楽しめる図書館が増えることは、子育て中の母親の孤立を防ぐことにもつながる」(お茶の水女子大学・榊原洋一教授)という。
人の集まる場所へ出かけるのは苦手という母親のためには、訪問型の子育て支援もある。HS(ホームスタート)だ。これはイギリス発の試みで、子育て経験のあるボランティアが訪問して、子育て中の母親の話を傾聴し、ときには一緒に離乳食などもつくる。日本でも、全国35の地域で実施されている(2012年7月現在)。
子育て中の母親を孤立させてはいけない。父親が育児に参加するのはもちろんだが、社会全体で母たちをサポートしよう。それは私たちの未来をつくることでもある。
<月刊誌『灯台』2013年1月号より転載>