【道場拝見】第10回 喜舎場塾田島道場(松林流)〈中〉

ジャーナリスト
柳原滋雄

「仙骨」と「軸」を重視する身体操法

 田島道場の技法については稽古を見学して説明を受けただけでは理解が及ばないため、田島一雄・教士8段(1947-)に、改めて那覇市内の飲食店で2時間ほど話を伺った。
 田島氏は16歳のとき、同じ高校に通っていた同級生だった親友、松林流宗家2代目にあたる長嶺高兆(ながみね・たかよし 1945-2012)の影響で長嶺道場に入門して以来、空手歴(武歴)は60年を超える。
 その空手は長嶺将真や兄弟子・高兆の指導から始まり、その後、喜舎場塾の初代・2代塾長の教えを基本に、自身のオリジナルを加えたものだ。そのため大方は新里塾長の教えと重なるものの、多少異なる部分もあると説明する。
 前回言及したように、喜舎場塾の手法においては「脱力技法」と「重心の垂直落下」がその基本となる。脱力技法は筋肉のムダな力を〝抜く〟という意味で、立ち方一つとっても筋肉を使って立たず、骨で立つという考え方だ。骨格そのもので立ち、その上でさらに「軸」の概念が不可欠の要素となる。

股関節を抜く

 筆者が初めてこの言葉に接したのは沖縄空手の取材を始めて喜舎場塾の新里道場(与那原町)を訪ねたときだった。塾長の前に立って、肩幅よりやや広く足幅をとり、股関節を緩めた状態のときとそうでない状態のときにどのような変化が生じるかを検証した記憶がある。

ピンアン2段を行う

 田島氏は「バッグを背負う意識」とか「酸素ボンベを2本肩から後ろに担ぐイメージ」という表現で説明するが、これにより上体が〝前屈み〟になる状態を避け、縦の中心軸のラインが生まれ、第2ギア(肩の中心)と第1ギア(腰、より正確には骨盤内の仙骨)が縦のラインに揃うことで、構造上、強い形が生まれる。
 田島氏はさらに〝イメージする力〟を強調しており、常にイメージを持ちながら型を繰り返す行為が不可欠だと言う。
 1回目の稽古を取材した際、型はピンアン2段とピンアン初段(=本土空手のピンアン2段にあたる)が行われた。
 さらに2回目に取材した際は、長嶺将真が考案した普及型Ⅰ、宮城長順の普及型Ⅱのほか、速度を変えた3種類のナイハンチを行った。ノーマル・スピードに加え、ゆっくりしたスロー・スピードのナイハンチ、さらに高速スピードのナイハンチの3種類だ。

イメージが生み出す空手の領域

 田島氏によると、スロー・スピードで行う意義は次のようになる。

 おのおのの動作でどこに軸を作っているか、偏りがないかどうかをチェックします。さらに手の出し方、肘(ひじ)の出し方などが中心軸を形成した状態で出せているかどうかを確認します。中心軸ができていない場合、自分の軸ができていないということになりますから、その構造は非常に弱いものです。それぞれの動作できちんと体軸ができているかどうかを検証するためゆっくりと型を行うことはとても有効です

横に強いナイハンチを縦方向(正面)に使うための検証

 その上で今度は同じ動作をノーマル・スピードでも行えるようにする。さらに〝実戦向き〟ともいえる高速スピードで、動作の意味を失うことなく実行できるかを試す意図があるという。
 実際、田島氏は私が求めたところ目の前で〝超高速ナイハンチ〟ともいうべき動作を自ら演じてくれた。ナイハンチの型を武術性を失わない動きのままどこまで速くできるかを追求したもので、時間で計るとわずか10秒。まさに〝一筆(ひとふで)書き〟と呼ばれる動きそのものだった。
 通常の型稽古では普及型ⅠとⅡに始まり、ピンアン初段から5段までを行い、時々、パッサイ、ローハイ、ワンカンを行っているという。
 技法の話で付け加えると、田島氏の口からは時々「ジャイロスコープ」という言葉が飛び出した。球形の骨格状の物体のことで、腰の動きをこの言葉で例えている。
 ナイハンチでは一般には、構造上、横の動きに強いという理解がなされているが、この「ジャイロスコープ」の原理を用いれば、横だけでなく、縦(正面)、さらに上や下など四方八方にも使えるという。つまりナイハンチの鉤突きを、そのまま同じ威力で正面にも自在に使うことができるという説明だった。
 西洋の「バレエ」、日本の伝統芸能である「能」、琉球舞踊やそれを生かした沖縄式ミュージカルと形容される「組(くみ)踊り」、中国の「太極拳」など空手と異なる武道や芸能などを通じて沖縄伝統空手の動きを研究してきた田島氏にとって、軸の存在は体の中心に生じる〝縦軸〟だけではないという。例えそれが崩されても、「関節のあるところには常に軸を作れるという考え方なので、残った軸を生かして動くことができます」と語る。さらに日本の伝統芸能の「能」から出た〝身体の分節化〟という概念も説明した。

骨格構造を意識しながら普及型Ⅰを行う

「ジャイロスコープ」の考え方は、医学用語の「腹腔術」と関連し、「ナイハンチの原理はまさにそこにある」と田島氏は解説する。
 さらに「イメージ操法」の延長でいえば、自分の身体の動きよりも先にイメージの力で相手の中に入ることで〝瞬速の動き〟が可能になるとも説明する。イメージを先行させた動きは決して相手が反応できるスピードではないからだという。
「脱力」した状態で、体の中心に「軸」が形成され、第1ギアと第2ギアの「イメージ」を保ちながら、相手の懐に先に入っている状態。言葉や文字で説明するとこのようなものになってしまうが、自分の身体でそれらを瞬時に行えるようにするための過程が〝日々の稽古〟ということになるのだろう。(文中敬称略)

※沖縄現地の空手道場を、武術的要素を加味して随時紹介していきます。

シリーズ【沖縄伝統空手のいま 道場拝見】:
①沖縄空手の名門道場 究道館(小林流)〈上〉 〈下〉
②戦い続ける実践者 沖拳会(沖縄拳法)〈上〉 〈中〉 〈下〉
③沖縄空手の名門道場 明武舘(剛柔流)〈上〉 〈下〉
④喜舎場塾田島道場(松林流)〈上〉 〈中〉 〈下〉

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やなぎはら・しげお●1965年生まれ、佐賀県出身。早稲田大学卒業後、編集プロダクション勤務、政党機関紙記者などを経て、1997年からフリーのジャーナリスト。東京都在住。