「神宮外苑」を争点化する愚かさ――共産党の扇動に便乗する候補者

ライター
松田 明

全国で一番安い都知事の給与

 注目の東京都知事選挙が本日6月20日に告示された。ここから7月7日の投票日まで、短期決戦の選挙となる。
 首都東京は、日本の人口の1割を超す1400万人が暮らし、職員の総数は警視庁や東京消防庁まで含めると16万6000人以上。一般会計に特別会計と公営企業会計を合わせた都全体の予算規模は、16兆5584億円(単純合計)で、ギリシャやスウェーデンの国家予算を上回る。
 しかも、地方自治体なので議会も首長も住民が選挙で選ぶ二元代表制。つまり、都知事を選ぶことは東京という世界有数のメガシティの〝大統領〟を選ぶことに等しい。
 なお、東京都民の平均月収は全国の都道府県でトップだが、都知事の給与は全都道府県知事のなかで最低額の72万8000円である。これは、小池知事が自らの発案で2016年から知事給与を半減させ続けているからだ。
 今回の都知事選挙には50人以上が立候補している。あきらかに売名行為であったり、なかにはYoutubeの動画再生数を稼ぐことで広告収入を目当てにしていると思われるような候補者も多い。
 小池知事の場合は現職の候補なので、これまでの2期8年の実績が問われる。新型コロナ対策では、ワクチンの大規模接種会場の確保や医療従事者、事業者の支援などを推進し、感染拡大を最小限に食い止めた。また、子育て・教育の負担軽減でも、私立高校授業料の実質無償化を進め、公立と合わせ所得制限を撤廃。0~2歳の第2子以降の保育料無償化や、高校3年生までの医療費無償化も実現した。
 さらに首都直下地震などに備え、都心部の無電柱化や木密地域の解消、洪水貯水池の整備や高潮対策を進めてきた。
 今回の選挙にあたり、小池知事は新たな公約として、

①第2子以降の保育料無償化を第1子にも拡大する
②子育て世帯の家賃負担の軽減
③出産の際の無痛分べんの費用を助成する
④高齢者対策として都独自の認知症専門病院を創設する
⑤木密地域の解消や無電柱化をさらに進める

などを発表した。

公約は単なる「方向性」だけ

 一方の蓮舫氏は同じ日に「7つの約束」と銘打ち、以下の7項目を発表した。

①現役世代の手取りを増やす~本物の少子化対策
②あなたの安心大作戦~頼れる保育・教育・介護・医療へ
③もっと多様で生きやすく~あなたの人生の選択を大切にする
④本物の行財政改革~徹底見直しで、ガラス張りの都政に
⑤本物の東京大改革~古い政治から、新しい政治へ
⑥東京全体をもっと良くする~未来への責任/住みよい多摩へ
⑦良い政策は発展させる~行政の継続性も大切に

 ただ、会見では記者から「ここに書いている公約はすべて4年間でおこなうものなのでしょうか? そうだとすると数値目標がないと4年後に検証できないと思うんですけど」と疑問が示された。
 するとそれまで雄弁に語っていた蓮舫氏は、顔をこわばらせて、

 現職の知事は巨大なブレーンである都の職員がおられるので、数値目標、財源、あるいは実現可能性というものを相当練りこんで政策というのは提出してると思うんですが、私は今回チャレンジャーという立場で臨ませていただきますので、具体的な試算のバックデータも持っていません。その部分では「約束」としての方向性は明確にお示しをさせていただきますけれども、具体的な額というのは申し訳ない、ご容赦をいただきたいと思います。(「蓮舫氏、都知事選で公約発表」時事通信映像センター

 小池知事の掲げた政策は〝相当練りこんだ〟ものであるのに対し、自分は「チャレンジャー」で情報を持っていないから公約について具体的な数値目標は示せないというのである。だとすれば、仮に彼女が都知事になったとしても都民はその政治手腕を評価することが困難になる。
 多くの都民からすれば、評価し得る最低限の数字くらい練りこんでから出馬表明しろよという思いだろう。
 小池知事がきわめて具体的に公約を打ち出したのに対し、率直に言って蓮舫氏の「7つの約束」は〝お気持ち表明〟の域を出ないものだ。しかも二元代表制のなかで、小池知事は都民ファーストの会はじめ、信頼関係ができている都議会公明党、さらに自民党都議団など多数会派との合意形成が比較的スムーズにいくだろう。
 対する蓮舫氏は共産党都議団と立憲民主党など少数会派だけが頼みの綱で、政策を実現しようにも、都議会との合意形成さえ非常に難しいのではないだろうか。

そもそも「神宮外苑」とは何か

 蓮舫氏の出馬会見の前に日本共産党の常任委員会が蓮舫氏の全面支援を決定していたり、共産党東京都委員会が早々に選挙ビラと見まがうようなビラを配布したり、「オール沖縄」をもじって「オール東京」と名乗ってみたりと、なぜか今回の蓮舫氏の出馬には日本共産党の振り付けが目立つ。
 その最たるものが、「神宮外苑」の再開発を争点化したことではないのか。蓮舫氏は19日の会見でも「神宮外苑再開発は一旦立ち止まります」と述べた。
 この「神宮外苑」というのは、東京都民でも実際に行ったことがない、よくわからないという人がいるかもしれないので、若干説明しておく。
 JR原宿駅の西側に広がる代々木公園の広大な緑。この代々木公園に隣接する22万坪の森が「明治神宮」の社殿がある「内苑」である。明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后を祭神として1920年(大正9年)に創建された。
 もともと敷地は「代々木の原」と呼ばれる原っぱだったが、全国から12万本の木が献木され人工の森がつくられた。その後、自然淘汰により今では樹木の総数は3万6千本まで減っているが、その分、巨木化しており、これは専門家たちの想定内だという(『日本経済新聞』2019年6月16日『NIKKEI The STYLE』による)。
 一方、問題の「神宮外苑」というのは、この「内苑」から東へ1キロ弱離れた、JR千駄ヶ谷駅から信濃町駅、東京メトロの青山1丁目駅から外苑前駅に囲まれたスポーツ施設、緑地、公園からなる一帯のこと。神宮球場、軟式野球場、テニス場などを含む、外苑の7割弱を宗教法人「明治神宮」が保有している。
 あまりの広さに国か都の公園だろうと思っている人が多いが、大部分が一宗教法人の私有地なのである。もともと、明治神宮の創建にあわせて、明治天皇と昭憲皇太后の遺徳を称える文化事業として、青山練兵場の跡地に近代的な公園を整備したものだった。全国からの協賛金によって完成し、1926年(大正15年)に明治神宮に奉献された。

「外苑」の収益で維持されている「内苑」

 宗教法人「明治神宮」の運営を支える収入のうち、賽銭などは10%強。経営する明治記念館でのブライダル収益などをあわせても20%ほどしかない。
 あとの80%は「神宮外苑」のスポーツ施設や駐車場からの収入で賄っており、このうちの6~7割を神宮球場の使用料が占める。
 ただ、その神宮球場は1926年(大正15年)竣工で、まもなく築100年になる。老朽化が激しい上に、バリアフリー化などもされておらず、安全性を考慮すると近い将来野球の試合そのものが困難になる。そこで建て替えが検討されてきた。
 しかし、解体から建て替え後の新球場完成までは5年ほど要し、その間、明治神宮は収入のメインの部分を失ってしまう。
 また、これは明治神宮の所有ではないが、球場に隣り合う秩父宮ラグビー場も1947年竣工で、老朽化のため建て替えが迫られていた。
 きわめて公共性が高い「神宮外苑」ではあるが、政教分離の観点から宗教法人の所有する場所に公費を支出することはできない。あくまで明治神宮側が民間として、球場の建て替えをおこなうしかないのだ。
 そこで、明治神宮はじめ伊藤忠商事、三井不動産、日本スポーツ振興センターなど事業者らは、東京都の公園まちづくり制度を活用することにした。まちづくりと公園・緑地の整備を両立させるため、2013年に都が創設した制度だ。
 具体的には、まず神宮第2球場を先に解体して、ここに全天候型の新しい秩父宮ラグビー場を建てる。今の秩父宮ラグビー場の場所に、新しい神宮球場を建てる。こうすることで全体の工期が短縮し、野球やラグビーに使用できない期間も短くなる。
 さらに、外苑の南側にある伊藤忠商事本社ビルの建て替えや、三井不動産による高層ホテル建設計画も巻き込むことで、外苑側が使っていない本来の容積率をこれら事業者に売却し、球場建て替えなど再開発に必要な巨額の費用を捻出することにした。

外苑に「100年の森」などない

 さて、ここからだ。蓮舫氏や日本共産党、立憲民主党などは、あたかも東京都が一部事業者らと結託し、都民の貴重な財産である〝外苑の緑〟を伐採しようとしているかのように騒ぎ立てている。
 日本共産党はその最たるもので、

 日本共産党の吉良よし子議員は27日の参院決算委員会で、樹齢100年を超える貴重なイチョウ並木などを伐採する神宮外苑再開発事業計画の中止を求めました。(『しんぶん赤旗』2024年5月30日

などと国会でも騒ぎ立てた。
 共産党東京都委員会は、既に昨年から、

三井不動産や伊藤忠商事などが多数の樹木を伐採して超高層ビルを建設する神宮外苑(東京新宿区・港区)再開発で、「100年にわたって育まれてきた森を守れ」と訴える市民グループが7日、外苑の計画予定地を見て歩く「神宮外苑ウォーク」に取り組みました。(『しんぶん赤旗』2023年10月11日)

などと、「100年の森」が失われるという触れ込みのキャンペーンを繰り広げている。
 しかし、これは人々に明治神宮「内苑」と「外苑」を混同させる悪質なやり方ではないか。
「100年の森」があるのは神宮の「内苑」であって、「外苑」には、そもそも〝森〟など存在しない。
 GoogleMapで誰でも見ることができるので、ぜひ自分の目で見てほしい。
  ⇒⇒⇒「神宮外苑」GoogleMap
 木が密集して見える部分も、拡大すればわかるが、基本的に「外苑」の樹木は街路樹なのだ。しかも、吉良議員が「樹齢100年を超える貴重なイチョウ並木などを伐採する」と語ったのは完全なデマで、今回の再開発ではイチョウ並木を伐採したりしない。よく、こういうことを平気で言えるものだと驚く。
 唯一、木が密集している絵画館の周囲は、基本的に触らない。
 言い訳に困った共産党議員らが盛んに言い始めたのは「建国記念文庫の森を守れ」というものだが、これも「建国記念文庫」にそもそも「森」があるのかどうか自分の目で見てほしい。
  ⇒⇒⇒「建国記念文庫」GoogleMap
 ここでも樹木は基本的道路に面した街路樹であり、敷地内は芝生が広がっている。むろん、これらの木をすべて伐採するような計画は存在しない。

樹木の数は今よりも増える

 蓮舫氏や日本共産党は、昨年9月にユネスコの諮問機関である「国際記念物遺跡会議(イコモス)」が出した、再開発中止を求める警告「ヘリテージ・アラート」を、錦の御旗のように掲げているようだ。

イコモスは「約3千本の樹木が破壊され、開放的な公園空間が失われる」「公園が削減され、超高層複合ビルの建設予定地となった」などと批判した。(『産経新聞』2023年10月8日

 しかし、実際の事業計画では、まず樹木の数は現状の1904本から1998本に増える。誰がどんな情報を吹き込んだのか知らないが、そもそも「3000本もの樹木」そのものが存在しないのだ。
「内苑」の森と違って「外苑」の街路樹は自動車の排気ガスなどに触れており、経年による立ち枯れや害虫被害もある。大勢の人が利用する場所だけに、倒木でも起きれば被害が懸念される。長期的に緑を保全するために、そうした傷んだ樹木を伐採し、新しい植栽をすることは、公園等の維持管理では基本的なことだ。
 また、第2球場があった場所は広大な緑の中央広場になる。超高層複合ビルに容積率を売却したのは、前述したとおり球場の建て替え費などを捻出するためなのだ。
 イコモスは2022年4月に出した提案書のなかで、

森や緑地を維持管理していくことは地道で困難な仕事であり、多額の費用を要することを、私たちは深く認識する必要があります。明治神宮におかれましては、こうした費用の相当の部分を、神宮球場の収益から充当し、緑地だけではなく重要文化財である絵画館の維持管理費に充てておられると伺っております。
このため、老朽化し耐震補強の必要な神宮球場を再建することは必須の課題であり、おそらく、 今回、事業者の一人として明治神宮が加わっておられることは苦渋の選択ではなかったかと拝察 いたします。神宮内外苑は、公共性の高い緑地であり、私たちは多くの恩恵を被っております。その持続的 維持に向けた財源を、社会が共に考えることが今回の問題の基本にあると思われます。(ICOMOS Japan『樹木の伐採を回避し 「近代日本の名作・神宮外苑」を再生する提案』 )

と、基本的に明治神宮の球場建て替え計画の考え方に理解を示し、「外苑」の収益によって「内苑」の森を守っている努力にも言及している。
 斬られもしないイチョウ並木が伐採されるとか、森などない建国記念文庫に森があるかのように扇動する日本共産党は、この点でも非常に悪質で、それに便乗する蓮舫氏もスジが悪すぎる。

最高裁が住民側の特別抗告を棄却

 そもそも、この問題は都知事選挙の〝争点〟にするような話ではないのだ。
 再開発には十分な理由があり、しかも事業者は明治神宮という宗教法人である。都は法令に従って認可をする側の立場であり、正当な理由もなく一旦出した認可を取り消したりすれば明治神宮から提訴されるだろう。
 しかも、この外苑再開発は民間の事業であり、都の予算が投下されるものでもない。都知事選挙の争点にするのは、この点でも意味が分からない。
 さらに、この再開発事業をめぐっては周辺住民らが東京都に事業施行認可の効力停止を求める申し立てをおこなってきた。だが、2024年3月15日、最高裁判所は裁判官5人中4人の多数意見で、住民側の特別抗告を棄却する決定した。
 既にこうした司法判断まで出ている事柄に対し、新知事が「一旦立ち止まらせる」ことなどできない。蓮舫氏は立憲主義をいったいどう考えているのか。
 2022年2月9日に開かれた「第236回東京都都市計画審議会」では、イチョウ並木が保全されることなどが確認された上で、立憲民主党の2人の都議も「賛成」している。
 各党各会派で議論し、立憲民主党の都議も加わって〝ボトムアップ〟で積み上げてきた議論を、蓮舫氏は知事の〝トップダウン〟で白紙撤回させようというのだろうか。自語相違も甚だしいのではないか。
 ようやく出してきた「7つの約束」は、数値目標も具体的な期限もなしで検証不可の単なる〝お気持ち表明〟。切り札にするのは日本共産党のデマ宣伝に乗せられた、無理筋の「神宮外苑再開発ストップ」。
 都知事候補として、あまりにも軽すぎると思うのは筆者だけではあるまい。

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まつだ・あきら●ライター。都内の編集プロダクションに勤務。2015年から、「WEB第三文明」で政治関係のコラムを不定期に執筆。著書に、『日本の政治、次への課題』(第三文明社)がある。