【対談者】
参議院議員 谷合正明
山形大学教授 池田弘乃
本年6月、参議院で賛成多数で可決・成立した「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」(以下、理解増進法)。いまだに多くの誤解が残る同法をめぐって、本連載の著者である池田弘乃氏と、公明党性的指向と性自認に関するプロジェクトチーム座長、超党派LGBT議連事務局長を務め、同法の制定に寄与した参議院議員・谷合正明氏が対談した。
理解増進法はなぜ〝理解〟されないか
――2023年6月16日、参議院本会議において「理解増進法」が成立しました。この法律の制定に携わった谷合議員に成立までの過程を振り返っていただけますか。
谷合正明 性の多様性をめぐる議論は、2015年に結成された超党派議員連盟の間で地道に積み重ねていました。2021年に、議連で合意に達した法案が出来上がりましたが、残念ながらこの時には国会への提出は見送られました。この法案をなんとか成立できないかと思慮していた時に出てきたのが、2月の首相秘書官の性的マイノリティへの差別発言でした(※1)。このことで、メディアや世論の法案への注目度がいっきに高まりました。
首相秘書官の発言があった後、公明党の山口代表は岸田首相に「まずは当事者の声を聴いてほしい」と呼びかけました。また代表自身も声を聴きたいと言って、実際に当事者団体のもとを訪れ、切実な悩みや要望に耳を傾けました。
その後、議連で取りまとめた法案に対して、自民党や一部の野党から文言に対する修正が提示されました。文言が修正されても、法律的な意味や法的効果には変化がないことを確認したうえで、これを受け入れました。この点は、公明党の三浦信祐議員が参議院内閣委員会での答弁で明確に言質を取っています(※2)。
議連で長年にわたって協議し、また各政党間との粘り強い合意形成を図りながら、今回、理解増進法を成立させることができました。
池田弘乃 首相秘書官の発言があったことで、いっきに〝時事的な問題〟となりました。理解増進法をめぐる議論に、多くの人の注目が集まったことは良かった半面、メディアで「LGBT法案」という呼び方をされるようになり、それが理解増進法をめぐるさまざまな誤解を生むきっかけになった面があったのではないかと振り返って思います。
谷合 今回成立した理解増進法の目的は、法律の名前を見ても分かるように、性的指向とジェンダーアイデンティティの多様性に関する理解の増進です。条文にも「LGBT」という言葉は一度も使われていません。
性の多様性は、私自身も含めて、すべての国民が持ち合わせているもの。そのことを「みんなでしっかりと理解しましょう」という法律であって、決してある特定の人たちだけに向けられたものではありません。この点が今も理解されていない。
池田 「LGBTのためだけの法律ではなく、みんなが多様な性を理解するための法律なんだ」ということを共有していかないといけないですね。もちろん、この法律によって、性的マイノリティの人たちがより生きやすい社会に変わっていくことは期待されます。と同時にそれは、〝すべての人〟にとって生きやすい社会でもあるのだという共通理解を拡げていくことが大事ではないかと思います。
※1 「岸田首相、性的少数者蔑視の発言した秘書官を更迭」(「BBC NEWS JAPAN」2023年2月5日)
※2 参議院インターネット審議中継(2023年6月15日)
国会会議録検索システム・第211回国会 参議院内閣委員会第19号(令和5年6月15日)
――理解増進法のその根幹の部分がうまく伝わっていないのはなぜでしょうか。
谷合 まず我々政治家がもっと発信力を高めていかなければなりません。そのうえで、この法律に関しては、メディアのミスリードや、SNSを中心に広がったさまざまなフェイクニュースがあったことは事実です。代表的なものとして、「この法律が成立すれば、身体的には男性ではあるが、性自認は女性だと自称する人が、女性風呂や女子トイレを利用できるようになる」といった言説がありますが、これは全くのデマであり、LGBTのTにあたるトランスジェンダーへの偏見にほかなりません。
池田 「性自認」の自認という言葉に引っ張られて、「自分がそう言えば、その場ですぐに性別を変えられる」というような誤解が広がってしまいました。性自認はジェンダーアイデンティティという英語の訳語であり、その人の持続的なアイデンティティであって、決してその場ですぐに変えられるようなものではありません。なお、公衆浴場では、性自認ではなく「身体的特徴」で男女を取り扱うことになっています。それが憲法第14条に照らし合わせても差別にはあたらないことは、すでに国会答弁などでも確認されています。
谷合 おっしゃるとおりです。もし仮に、自身の身体的な性とは異なるお風呂やトイレに無理やり入るなどの行為をすれば、それはこの理解増進法の有無にかかわらず、許されるものではありません。刑法などに照らして罰せられます(※3)。
※3 「『心は女なのに』女性風呂侵入疑いで43歳男性逮捕・容疑認める」(『毎日新聞』2023年11月14日)
――トランスジェンダーという言葉が出ましたが、関連する話題として、10月25日、最高裁判所大法廷が、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下:特例法)」で規定されている、生殖能力を失わせる手術を必要とする「生殖不能要件」は、憲法第13条に違反し無効であるとの決定を、15名の裁判官の全員一致によりしました。一方で、変更する性別の性器に似た外観を備えているとした「外観要件」については、審議が不十分として高等裁判所に差し戻されました(※4)。
谷合 今回の最高裁の違憲決定は、立法府に携わる者として私自身、大変に重く受け止めています。特例法はこれまで2度改正されましたが、公明党は従前からこの特例法については見直しが必要であると訴えてきました。今回、違憲決定がくだされた「生殖不能要件」を削除する法改正は当然必要ですが、高裁に差し戻された「外観要件」などの他の要件についても、行政府と立法府が総合的に議論を進める必要があると個人的には思っています。いずれにしても、人権擁護の観点に立って、法改正に取り組むことが大切です。
池田 「外観要件」が高裁に差し戻されたのは、高裁で審議が尽くされていない以上、最高裁としてそこまで踏み込まないというシンプルな判断によるものです。最高裁は司法府として自らに課せられた職分を粛々と全うしました。今度は、国会が自身の職分を果たす番です。当事者が理不尽に苦しめられないためにも、特例法の改正について、過度に政治的争点のように扱うのではなく、真摯な姿勢で取り組んでいってほしいですね。
※4 「トランスジェンダー性別変更、生殖不能の手術要件は『違憲』 最高裁」(『朝日新聞』令和5年10月25日)
――理解増進法が成立する過程を思い起こすと、議論がどんどん極端なものになり、当事者の現実を置き去りにしてしまったように思います。
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第1回 相方と仲間:パートナーとコミュニティ
第2回 好きな女性と暮らすこと:ウーマン・リブ、ウーマン・ラブ
第3回 フツーを作る、フツーを超える:トランスジェンダーの生活と意見(前編)
第4回 フツーを作る、フツーを超える:トランスジェンダーの生活と意見(後編)
第5回 社会の障壁を超える旅:ゆっくり急ぐ
第6回(最終回) 【特別対談】すべての人が自分らしく生きられる社会に
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