Z世代の価値観
まず、この本はなによりも高校生(もちろん中学生でもいい)に読んでもらいたい本だ。というのも、2020年代の最新の学問の到達地点という意味で〝経済学とは何か〟が16もの切り口から語られているからだ。
将来の進路を考えるにあたって、たとえば大学に進むとした場合、何学部が自分にとって一番ふさわしいのか。「偏差値」「就職率」といった旧世代の〝ものさし〟で進路を選ぶことに、きっと多くの中高生はどこか違和感を覚えているはずだ。
アメリカのZ世代の価値観を語った竹田ダニエルの話題の書『世界と私のA to Z』(講談社)では、
過剰な格差社会が、資本主義によって引き起こされた現実を知ったZ世代は、従来の「働く意味」や「仕事への価値観」に大きな違和感を感じている。
(中略)
地球全体の環境を大切にすることはZ世代的価値観であると本書で何度か書いているが、そもそも気候変動や迫り来る資源の枯渇は、Z世代にとっては生まれた時から常にそばにある、切実な問題なのだ。
と綴られている。
SDGs(持続可能な開発目標)が国連総会で採択されたのは2015年9月。大人からすれば、ほんの最近のことかもしれないが、今の高校生からすれば小学校に上がってまもない時期。物心ついたときには、あたりまえの問題としてそこに存在していた。
創価大学の魅力と実力
本書は創価大学(東京都八王子市)の経済学部で実践されている経済学について、同大経済学部の教員たち自身がさまざまな角度から語っている。
このところ正月の箱根駅伝ですっかり世間一般にも名前が浸透した創価大学は、1971年開学なので今春で創立52年を迎える。創立者が創価学会第3代会長の池田大作氏(創価学会インタナショナル会長)ではあるが、宗教学部も仏教学部も置かず、宗教教育は一切しない。
2022年の「THE世界大学ランキング」では、日本の278大学中、「国際性分野」で第5位にランクインされている。
キャンパス内には宗教的バックグラウンドも多様な世界各国からの留学生が多く見られる。世界65カ国・地域の238大学と学術交流協定を締結し、交換留学をはじめとした学生や教員の交流、研究交流も盛ん。学生の海外留学へのサポートも手厚い。これまで諸外国から駐日大使として赴任した人の中にも、創価大学で学んだという人たちがいる。
2014年度文部科学省スーパーグローバル大学等事業「スーパーグローバル大学創成支援」の採択を受け、18年と21年の中間評価では2回連続して最高評価の「S」評価を受けている。
東京や関西の創価高校から内部進学してくる学生が一定数いることもあって、創価大学の場合、予備校などが発表している「偏差値」と、実際の卒業生の進路にはかなり乖離がある〝謎の大学〟として有名だ。世界的な名門大学の大学院に進学したり、国際機関、グローバル企業に就職したりする学生が少なくないのだ。
全般的に学生の就職に強く、とくに創価大学は卒業生の母校愛が強い。ニュースサイト「大学通信ONLINE」が発表した「2022年実就職率ランキング」では、過去10年間で最高の105位にランクインしている。
なお「実就職率」は「就職率(就職希望者数に占める就職者の割合)とは異なり、「就職者数÷〔卒業生数-大学院進学者数〕×100」で算出されたものだ。
本書の主な内容
本書の第1章と第2章では、経済学の理論的基礎である「行動経済学」「マクロ経済学」について、平易な例を引きながら斬新な解説がされている。第3章と第4章は「金融論」と「ファイナンス」。とりわけファイナンスと量子コンピューターの話は興味深い。
第5章は「データサイエンス」。第6章と第7章は「農業経済学」「労働経済学」。ここでは、「食糧危機は人災か、天災か?」「なぜイクメン?」が問われる。第8章と第9章は「西洋経済学史」「日本経済学史」。たとえば第9章を読んだ人は、江戸時代の農民のイメージがガラリと変わるかもしれない。
第10章と第11章は、「環境経済論」「気候変動の経済学」。これらはとくに未来に生きる世代に直結する喫緊の環境問題を扱っている。第12章の「社会貢献と経済学」では、東日本大震災の被災者と直接向き合って、問題解決に取り組む講義が紹介されている。
第13章と第14章は「国際開発協力論」と「アフリカ経済学」。21世紀の中盤から後半にはアフリカ諸国が人口ボーナスのピークを迎えることになり、アフリカは今よりはるかに大きな存在となる。
第15章と第16章は、創立者が提唱した「人間主義経済学」についての研究者による論考。創立者は大学が開学する2年前の1969年の講演で、すでに「人間主義経済の研究、すなわち資本主義、社会主義を止揚する、人類の新しい経済のあり方について、理論的・実践的な研究もしていったらどうかと思う」と、創価大学の未来に期待を寄せた。
SDGsが掲げる「持続可能な開発」とは、「将来の世代の欲求を満たしつつ現在の世代の欲求も満足させるような開発」のことだ。現在世代の欲求だけが満たされればよいという利己的な繁栄をめざすのではなく、子や孫、その先の子孫といった将来の世代に対しても公平な社会のあり方をめざしている。制度や取り組みの以前に、ひとりひとりがいかに自分の利己的な生き方を克服できるかという、人間の生き方に根ざしたものだ。
なお、創価大学創立者は国連がSDGsを採択する3年前の2012年の「SGIの日記念提言」で、
私は、貧困や格差がもたらす地球社会の歪みの改善を求めたミレニアム開発目標の精神を継承しつつ、どの国の人々も避けて通ることのできない「人間の安全保障」に関する諸問題への対応を視野に入れた、〝21世紀の人類の共同作業〟としての目標を掲げるべきだと訴えたい。
(中略)
その柱となる理念として、これまで論じてきた「人間の安全保障」に加えて、私が挙げたいのは「持続可能性」の理念です。
と述べている。
経済学というのは、意外にも社会のあり方全体のデザインにかかわってくる学問領域だ。しかも、創価大学で学ぶ経済学は、世界の知と実践の最新を採り入れた意欲的なものになっている。
本書に推薦の言葉を書いた脳科学者の茂木健一郎氏は、
混迷する世界の中で
経済に「人間」を取り戻すために。
この本には学問の「未来」がある。
と大きな期待を寄せている。
『人間主義経済×SDGs
──これから経済学を学ぶ人たちへ』(馬場善久・神立孝一・高木 功 編/第三文明社/2023年2月1日/1,980円(税込))
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