サミットまでに理解増進法を――世界が日本を見ている

ライター
松田 明

政府与党連絡会議の終了後、記者団に答える山口代表(2月6日)

64%が同性婚や理解増進法に賛成

 2月3日夜に飛び出した首相秘書官によるLGBTQ+や同性婚への差別的発言は、むしろそのような差別はもはや許されないのだという現下の世論を可視化させた。
 この発言を受けて、共同通信社は2月11~13日に全国緊急電話世論調査を実施。

同性婚を認める方がよいとの回答は64.0%で、認めない方がよいの24.9%を大きく上回った。(「共同通信」2月13日

LGBTなど性的少数者への理解増進法が必要だとの答えは64.3%に上った。(同)

 同性婚に賛成と回答した39歳以下の若い世代は81.3%に達していたと共同通信は伝えている。
 岸田首相は「今の内閣の考え方には全くそぐわない言語道断の発言だ。『性的指向』や『性自認』を理由とする不当な差別や偏見はあってはならない」と述べ、差別発言をした秘書官を翌日のうちに更迭。さらに自民党幹部にLGBT理解増進法案を今国会に提出するよう指示した。
 この法案は2021年5月に自民党を含む超党派の議連で一旦は合意にこぎつけながら、自民党内保守派の強硬な反対で国会提出が見送られたものだった。
 2月13日、自民党の茂木敏充幹事長は会見で、「LGBT等、性的少数者への理解増進は重要でありまして、なるべく早く法案を提出することが望ましい」と述べた。

基本的な理解への欠如が差別を生む

 このLGBT理解増進法案(性的指向および性自認の多様性に関する国民の理解の増進に関する法律案)は、2016年に設置された自民党の「性的指向・性自認に関する特命委員会」がとりまとめ、2021年に超党派議連(LGBT に関する課題を考える議員連盟)に持ち込まれて一部修正された。
 日本でも他のG7各国で既に実装されている「差別禁止法」を求める声があるが、自民党保守派からの反対が根強く、まずは理解増進法を成立させることから超党派での合意をめざしたのだった。
 今回の首相秘書官の発言にも見られたように、性的マイノリティへの差別的な言動が絶えない背景には、性的指向や性自認の多様性に対する理解が進んでいないことがある。
 WHO(世界保健機関)は1990年に同性愛を精神疾患から除外し、米国精神医学会、日本精神神経学会も同性愛を「異常」「倒錯」「精神疾患」とはみなさず治療対象から除外している。文部省(当時)は1994年に指導書の「性非行」の項目から同性愛を除外した。
 しかし、保守派のなかにはいまだに同性愛は〝治療〟で矯正できるといった類の主張がある。性的指向(性愛や恋愛感情が向く性)と性自認(ジェンダー・アイデンティティ/心の性)を混同して、たとえば「ゲイの男性は心のなかが女性なのだ」と思い込んでいる人も意外に多い。
 ちなみに現在ではSOGIという概念が世界的に定着している。性的指向(SO)と性自認(GI)は、それぞれすべての人のなかでグラデーションであるという考え方だ。
 こうした基本的な理解を社会に根付かせていくことが、差別や偏見のない社会の大前提になる。

法制度推進派からの批判

 LGBT理解増進法案の国会提出が語られはじめると、これを批判する言説がSNSなどでも目立つようになった。
 批判のひとつは、自民党に譲ったようなかたちで理解増進法を持ち出すのではなく、サミットの前に差別禁止法や同性婚合法化まで一気に進めるべきだというものだ。周回遅れにある日本の実情を考えれば、その主張は十分すぎるほどもっともだろう。
 2月14日も公明党のワーキングチームが当事者からのヒアリングを開催。出席したLGBT法連合会のメンバーからは、

当事者全体として悲しみだけではなく、大変大きな怒りが渦巻いているという状況。やはり、当事者の思いとしては、差別を禁止してほしい(「TBS NEWS DIG」2月14日

と、差別禁止法の制定を求める悲痛な声が寄せられた。
 昨年9月にNPOが実施した調査では、

10代LGBTQの48%が自殺念慮、14%が自殺未遂を過去1年で経験。全国調査と比較し、高校生の不登校経験は10倍にも。しかし、9割超が教職員・保護者に安心して相談できていない(認定NPO法人ReBit「アンケート調査『LGBTQ子ども・若者調査2022』速報」

という深刻な実態が明らかになっている。職場でのアウティング(本人の同意なく性的指向などを他人に暴露されること)で離職せざるを得なくなるような事案もあとをたたない。
 しかし、こうした人権と社会の根幹にかかわる法制度は党派的な対立にせず、できるだけ広く合意形成することが望ましい。この点は、当事者であるLGBT法連合会も重視してきたところだ。もどかしさはあるが、合意形成と手続きをひとつひとつ詰めていくことが重要だろう。
 同時に、公明党の議員や自民党内の賛成派議員は、与党として当事者の悲痛な心情に同苦する思いをさらに強くしてほしい。

法制度反対派からの批判

 もうひとつの批判は反対派からのもので、2021年に超党派で合意形成した法案にある「性的指向及び性自認を理由とする差別は許されないものであるとの認識」の「差別は許されない」に対する批判である。
 この文言を入れると、あちこちで「差別された」という身勝手な訴訟が乱立するのではないかというのだ。
 しかし、これも基本的な理解不足だろう。まず、この理解増進法は理念をうたった「理念法」であって何かを拘束する法規範性はない。
 また「差別は許されない」は、日本国憲法第14条の、

すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

を踏まえたものに過ぎない。憲法が「差別されない」と定めていることを、そのとおりに確認しただけのものだ。また、2022年のG7サミット首脳宣言でも、同様の文言は入っている。
 自民党内では、安倍元首相が2019年3月に公明党議員の質問への答弁で用いた「社会のいかなる場面においても、性的マイノリティの方々に対する不当な差別や偏見はあってはならない」に合わせることで落としどころを探っていると報じられている。
 SNSなどで飛び交っている「男が〝私の心は女〟と言い張れば女子トイレや女湯にも入れる」という類の話も、既に法的な論点は整理されている。
 まず、身体の性と心の性が一致しないトランスジェンダーと〝単なる性犯罪者〟を同列に語ることそのものが、著しく人権に反している。
 企業法務の専門家でもある立石結夏弁護士は「Web日本評論」で、女性トイレは個室であり他人の前での露出がないので性自認に基づく利用は認められるが、公衆浴場では身体的な差異を理由に区別を設けることはやむを得ないとの見解を示している。

危機を好機に転じた山口代表

 政権中枢から出た「見るのも嫌だ。隣に住むのも嫌だ」「同性婚を認めたら国を出ていく人もいる」等の差別発言は、対応を誤れば政権が吹き飛びかねないものだった。日本を除くG7各国では同性婚が法制化されており、EU諸国の中には同性婚している首脳もいる。2013年にロシアが同性愛宣伝禁止法を制定した際、欧米各国首脳はソチ冬季五輪開閉会式への参加を見送った。
 首相秘書官の差別発言は世界各国でも報道され、各国での反発が高まれば、日本が議長国となって開催される5月の広島サミットへの影響さえ起きかねない。
 今回、連立与党・公明党の対応は素早かった。
 秘書官が更迭された翌5日、山口代表は「岸田文雄首相をはじめ官邸側は当事者の声に耳を傾けるべきだ」と記者団に発言。また「首相自らが自身のスタッフに認識を共有させ、これを機に国民の理解を広げる動きをつくるべきだ」と述べた。
 さらに6日の政府・与党連絡会議のあと、首相官邸で記者団に囲まれた山口代表は理解増進法について、

社会の差別感を解消していくことが大きな意義で、成立させることが重要だ。G7=主要7か国の日本以外の国では、はるかに理解が進んでおり、議長国である日本が異質な国と見られないように努力を示すべきだ(「NHK NEWSWEB」2月6日

今の状況を踏まえて、自民党も国民の理解を得られるような努力を進めてほしい。超党派での合意ができていることを足がかりに、まずは自民党がしっかり姿勢を整え、もう少し積極的になってもらえるよう促していきたい(同)

と語った。この際、

すでに超党派の議員連盟で作った法案のたたき台があり、自民党も、できるだけ早く党内合意を作り、今国会に法案を提出して成立を図るべきだ。新年度予算案の成立後、速やかに手続きを整え、できれば「G7広島サミット」の前に、日本としての意思を明確にすべきだ(「NHK NEWSWEB」2月7日

とも述べている。山口代表は公明党としての意思をはっきり示すと同時に、本来はリベラル色の強い岸田首相が事態を善処できるように追い風を送ったのだろう。

米国の特使が山口代表と会見

 米国も明確なメッセージを出した。
 2月8日午後、ラーム・エマニュエル駐日米国大使はツイッターを更新。米国国務省でLGBTQ+の人権擁護を担当するジェシカ・スターン人権担当特使と共に、公明党の山口代表と会見したことを日本語と英語で公開した。

全米各地の家の窓には、”Hate Has no Home Here”(憎しみの住む家はここにはない)と書かれたサインが掲げられています。本日、国務省でLGBTQ+の人たちの権利擁護を担当するジェシカ・スターン特使と共に、公明党の山口代表とお会いし、米国の多様性、インクルージョン、反差別への支持を伝えました。(2月8日のエマニュエル大使のツイート

 会見の席上、スターン特使は日本が今年サミット議長国であることを踏まえ、日本は特別な責任を負っていること、LGBT理解増進法が非常に重要だとの認識を示した。

スターン氏は「強い国というのは包摂性の高い国だ。差別をしない国は経済的にも安全保障的にも強い」と指摘。(中略)会談に同席したエマニュエル駐日米国大使は、首相秘書官の差別発言を機に与野党で法整備の機運が高まっていることを念頭に「鉄は熱いうちに打て」と呼び掛けた。(『東京新聞』2月8日

 この日、スターン特使は超党派議連の役員会にも招かれた。議連が、広島サミットの5月までに議員立法で理解増進法を成立させたい旨を伝えると、特使からも「世界に向けて発信できる良い機会だ」との賛意があった。
 9日、公明党の中央幹事会で山口代表は、具体的な取り組みとして当事者の意見をうかがったらどうかと岸田首相に提案したことを語った。
 そして10日、山口代表は党の「性的指向と性自認に関するプロジェクトチーム」座長で超党派議連事務局長の谷合正明・参議院幹事長らと、新宿区内の「プライドハウス東京レガシー」を訪問。当事者たちからの切実な要望を聞いた。
 当事者たちからは差別禁止法の制定や同性婚の法制化を求める意見が出た。

これに対し山口氏は「当面の第一歩の大きな目標は、理解増進法をつくることで、さらにその先を目指していきたい」と応じました。(「NHK NEWSWEB」2月10日

 山口代表は「プライドハウス東京」を訪問した直後、岸田首相に電話を入れ、当事者の声を聞くようあらためて進言したという。
 世界の変化を見ても、国内世論の変化を見ても、日本が他の先進国のように差別禁止法を制定し、さらに同性婚の法制化を実現せざるを得ないことは明らかだ。社会の包摂性を高めることは、経済面でも安全保障面でも既に重要なファクターになっている。
 そのうえで今回、与党である公明党が超党派議連の合意を後押しするかたちで、まずは今国会での理解増進法の成立へ旗幟を鮮明にした。
 秘書官発言のあと、米国大使が人権担当特使を案内して即座に山口代表と会ったのも、公明党の立場と役割を米国としても重視していることを示したものだ。
 スターン特使が「世界が日本を見ている」と述べたように、LGBTQ+への差別をなくし多様性を認めることができるか否かは、日本社会で考えられている以上に欧米では重要な問題なのだ。
 2月15日に超党派LGBT議連の新会長に就任した岩谷毅元防衛相は、5月の広島サミットまでに理解増進法を成立させることに全力を尽くすと述べた。
 また岸田首相は2月17日に「プライドハウス東京」やLGBT法連合会、認定NPO法人「ReBit」の関係者らを官邸に招き、直接当事者の声を聞いた。
 まずは理解増進法の成立へ、公明党の合意形成への努力と、公明党を支持する女性や若い世代からの声の高まりに期待したい。

関連記事:
言語道断の秘書官発言――世界は既に変わっている(2023年2月6日掲載)
都でパートナーシップ制度が開始――「結婚の平等」へ一歩前進(2022年11月掲載)
書評『差別は思いやりでは解決しない』――ジェンダーやLGBTQから考える(2022年9月掲載)
参院選2022直前チェック⑤――多様性を認める社会を実現するために(2022年7月掲載)
公明党の手腕が光った1年――誰も置き去りにしない社会へ(2019年12月掲載)
LGBTの社会的包摂を進め多様性ある社会の実現を(月刊誌『第三文明』2015年9月号より)

シリーズ:「わたしたちはここにいる:LGBTのコモン・センス」(山形大学准教授 池田弘乃)
第1回 相方と仲間:パートナーとコミュニティ
第2回 好きな女性と暮らすこと:ウーマン・リブ、ウーマン・ラブ
第3回 フツーを作る、フツーを超える:トランスジェンダーの生活と意見(前編)
第4回 フツーを作る、フツーを超える:トランスジェンダーの生活と意見(後編)
第5回 社会の障壁を超える旅:ゆっくり急ぐ