わたしたちはここにいる:LGBTのコモン・センス 第1回 相方と仲間:パートナーとコミュニティ

山形大学准教授
池田弘乃

 

以下、私が示すのは単純な事実と平明な主張、そして常識である。読者にあらかじめお願いしたいことがある。第一に、固定観念や先入観を捨てて、理性と感情を働かせて自分で判断をくだしていただきたい。第二に、人間としての真の品性を身につけていただきたい。いや、保っていただきたい。第三に、現在のことにとどまらず未来にまで視野を大きく広げていただきたい。(トマス・ペイン『コモン・センス』、角田安正訳、光文社、2021年、52頁)

 

「性」に関する常識をアップグレード

 あるカップルのことをお話ししたい。1987年生まれ、同い年の2人はつきあって5年目。1人はシステムエンジニアとして働き、もう1人は介護施設に勤めている。喧嘩もするが仲の良いこのカップルには夢がある。2人で子どもを育てたいという夢が。
 しかし、この夢へのハードルはかなり高いのが日本の現状である。なぜなら、この2人は男性同士のカップルだから。
 現在の日本では「性」に関する常識としてどのようなものがあるだろうか。

 ・人間の性は男女の2つに分かれる。
 ・男性は女性を、女性は男性を好きになり、愛し、家族を作る。
 ・生まれたときに割り振られた性別を人はずっと生きていく。

 例えば、こんな「常識」[※1] が世の中にはあるかもしれない。この連載 では、これらの常識を少しずつアップデートするため、その道中への歩みを始めてみたい。
 とはいえ、性は表立って言葉にする領分ではないとされることも多いため、常識を意識すること自体が難しいということもある。もちろん、とりたてて言葉にすることなく接すべき事柄もあるが、他方で、きちんと言葉にして共有していくことが不可欠な事柄もある。
 いかなる性を生きる人も差別されることなく暮らしていくために、社会に必要なこと。それについては「言葉にして共有」し、制度を作っていく必要がある。そのような制度が保障されればされるほど、各人がそれぞれの性のあり方をどのように、いつ、誰に対して、伝えたり、伝えなかったりするのか、その自由が確固としたものになっていくだろう。それが本当の意味で、各人のプライバシー権(自身の個人情報をコントロールできる権利)が保障される社会につながる。
「言葉にしなくてよい」という安心感、そして「他人に勝手に言葉にされることはない」という保障の上で、「言葉がきちんと届く」社会をきちんと整えていくこと。それと同時に、人々が「言葉にして共有すべき」事柄は何かという点についても一歩ずつ見定めていくことを当面の指針として進んでみよう。

※1…ちなみに、「常識」という言葉は、明治期の造語である。英語のコモン・センス(common sense)、フランス語のbon sens等の訳語として作られた(杉山直樹「常識・共通感覚・良識」、石塚正英・柴田隆行監修『哲学・思想翻訳語事典』、論創社、2003年、151-152頁)。

LGBTとは

 男性の同性愛・同性愛者をゲイと表現することがある。さきほど紹介した2人もゲイカップルであると表現できる。LGBTという言葉を耳にすることも増えてきた。
 LGBTとは、レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーという4つの言葉の頭文字をとった略称であることはご存じ の方も多いだろう。レズビアンとは、恋愛・性愛の対象が同性である女性。ゲイとは、恋愛・性愛の対象が同性である男性。バイセクシュアルとは、恋愛・性愛の対象が同性であることも異性であることもある人。トランスジェンダーとは、出生時に割り当てられた性別と異なる性別を生きる人。「LGBT」とは「これら4つの性のあり方を並べて、その連帯を表現した言葉」という風にとりあえず捉えておくことにしよう。
 性的マイノリティ(性のあり方についてのマイノリティ・少数者)のうち、4つのあり方を並べたこの言葉に、近年はLGBTQ といった形でさらに頭文字を付け加えていくことも出てきている。Qとは、クィア(queer)の頭文字である。元々は「おかしな、奇妙な」という意味をもつ侮蔑語だったが、性的マイノリティ当事者が「おかしくて何が悪い」と、自らのあり方を誇りと共に表明するために使われるようになった。規範的な性のあり方・性の常識に異議申し立てをするというニュアンスをもつ。
 LGBTのうち最初のLGBの3つは、恋愛・性愛の対象と自己の関係を述べる言葉である。恋愛・性愛が向かう先のことをセクシュアル・オリエンテーション(性的指向)ということがある。LGBは性的指向という点でのマイノリティである。これに対し性的指向という点でマジョリティとなるのが「異性愛者」ということになる。とはいっても、おそらく異性愛者自身は「性的指向」という言葉を生活の中で意識することはあまりないかもしれない。異性愛という性的指向は世の中で「当たり前」とされていて、意識する必要がないからである。
 その「当たり前」とのズレを感じたり、「当たり前」の揺らぎに出会ったり、「当たり前」にふと「なぜだろう?」と感じたりした人にとって、「性的指向」という言葉は、社会や自己のあり方を捉えるための一つの有用な道具となる。
 LGBTの最後にあるTは、自己の性別のあり方について述べる言葉である。自己の性別のあり方について、ジェンダー・アイデンティティ(性自認、性同一性)という言葉を使うことがある。一人一人のアイデンティティ(人となり)を構成する要素には実に様々なものがある(例えば、母語は何か、国籍は、職業は、趣味嗜好は、飲酒喫煙習慣の有無は……等々)。「私は〇〇である」という文章の○○には非常に色々な事柄をあてはめることができそうだ。それらの中には一生を通じてあまり変わらなそうなもの(例えば、母語)もあれば、比較的容易に変化したり変更されたりするもの(例えば、職業)もあるだろう。それらのうち、各人が経験し、実感している「私の性別」のことをジェンダー・アイデンティティと呼んでいると整理することができるだろう。「性自認」という訳語があてられることが多いが、この「自認」という言葉には、「自分で好き勝手に、勝手気ままに選択するもの」という含みはない。「性自認」はあくまでジェンダー・アイデンティティの訳語であるということを忘れずにおきたい。私たちは生活の中で(多くは意識することもなく)相互の性別について想定・推測・前提にしつつ行動している。しかし、実際に本人の「私の性別」について知っているのは当の本人である(ほとんど同語反復気味の文章だが、あえて強調しておきたい)。

ある「ゲイの」カップルから見えてくるもの

 さて、冒頭でご紹介した2人のことを「ゲイの」カップルと表現することで、私たちは彼らについて何かを知ったことになるのだろうか。

この記事はここからは非公開です。続きは、書籍『LGBTのコモン・センス――自分らしく生きられる世界へ』をご覧ください。

 

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池田弘乃 著

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シリーズ:「わたしたちはここにいる:LGBTのコモン・センス」(一部公開)
第1回 相方と仲間:パートナーとコミュニティ
第2回 好きな女性と暮らすこと:ウーマン・リブ、ウーマン・ラブ
第3回 フツーを作る、フツーを超える:トランスジェンダーの生活と意見(前編)
第4回 フツーを作る、フツーを超える:トランスジェンダーの生活と意見(後編)
第5回 社会の障壁を超える旅:ゆっくり急ぐ
第6回(最終回) 【特別対談】すべての人が自分らしく生きられる社会に

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いけだ・ひろの●1977年東京生まれ、山形大学人文社会科学部准教授。専攻は、法哲学、ジェンダー・セクシュアリティと法。編著に、綾部六郎・池田弘乃編『クィアと法:性規範の解放/開放のために』(日本評論社、2019年)、 谷口洋幸・綾部六郎・池田弘乃編『セクシュアリティと法: 身体・社会・言説との交錯』(法律文化社、2017年)。論考に、「「正義などない? それでも権利のため闘い続けるんだ」――性的マイノリティとホーム」(志田陽子他編『映画で学ぶ憲法Ⅱ』、法律文化社、2021年)、「一人前の市民とは誰か?:クィアに考えるために」(『法学セミナー』62巻10号64-67頁、2017年)などがある。