本が売れない、本が読まれない――出版関係の仕事をしているものでなくとも、この言葉は、もう、聞き飽きた。しかし、出版界の実態を見てみると、確かに、売れない、読まれないことは事実だが、それでも本に関わる仕事をしたい、という人がいる。
最近、「一人出版」というやり方で、出版界に参入してくる人がいる。ほんとに1人で、あるいは数人で、出版社を営む。そういうところから出版される個性的な本は、コアな読者がいて、ある程度は売れる。つまり、読まれる。
これは本屋も同じだ。ちゃんと目利きをして、自分が売りたい本で棚をつくり、主人の個性が際立っている本屋には、やはり、コアな買い手がいて、ある程度は売れる。つまり、読まれる。
これは、大量生産・大量消費型の出版と、取次会社が本屋に並べる本を決めて配本する(全国どの本屋も同じ品揃えになる)やり方が、すでに時代に合わなくなってきているのであって、本が必要とされなくなってきているわけではない。
個性的な出版社はなくならないし、個性的な本屋もなくならない。希望もこめて、そうおもう。
タラブックスも、そういう個性的な出版社のひとつだ。南インドの出版社である。『世界を変える美しい本』は、この出版社が世に問うてきた作品を紹介して、2人の創業者の対談を収めている。
タラブックスをメジャーにしたのは、ハンドメイドの本だ。
ふかふかの手漉きの紙に、絵や文字をシルクスクリーンで印刷し、一冊ずつ手製本で仕上げられた本
実に、贅沢なつくりだが、印刷が発明されるまでは、手書き、かつ、手製が、本作りの基本だった。ある意味、先祖返りといえる。
タラブックスが設立されたのは1994年。オーナーは、ドイツで文学を学んだギータ・ウォルフという若い女性だった。そこにV・ギータという、やはり若い女性が合流する。
この出版社がメジャーになったきっかけは、フランクフルトで行われたブックフェアだった。『はらぺこライオン』というインドの民話をもとにした絵本のサンプルを2ページだけ持っていった。
シルクスクリーンで印刷した美しいつくりに関心を持ったカナダの出版社と商談がまとまった。サンプルと同じように、手漉きの紙にシルクスクリーンで印刷して欲しいという。しかも8000部!
どうやってやるの? すばらしい話だけど、そんなにたくさんどうやってつくればいいの?
――これがギータ・ウォルフの内心の声だった。帰国した2人は、さっそく小さなチームをつくり、本作りに取りかかった。結局、完成するまでに9カ月が必要だった。これがタラブックスの手製本の始まりだったという。
しかしタラブックスが出版する手製本の割合は2割ほど。あとは、普通の本だ。ただし、タラブックスの「普通」はちょっと違う。編集者の目利きがされていて、タラブックスでないと出版しない本ばかり。
ジャンルは、「児童文学、写真、グラフィックノベル、芸術、美術史、美術教育」など。タラブックスの規模は小さい。スタッフは40人ほどで、みながアイデアを出し合って本をつくっている。
タラブックスは、「社会を変える出版社」でもある。「土着の民俗画家に著作権の概念を伝えたり、従業員には等しく教育の機会を与えたり、企業活動を通じてよりよい社会を築く試み」をしている。
『世界のはじまり』という本は、インド中央部に暮らすゴンド族の芸術家たちが作り手だ。内容は、ゴンド族に伝わる世界創世の神話を絵と言葉で表現したもので、手漉きの紙にシルクスクリーンで印刷された「見る詩集」。
『夜の木』は、「3人のゴンド画家が子どものころから身近にあった木をモチーフに、夜のあいだに別の姿を見せる木の物語を描き出した絵本」。どちらも、独特な色合いと絵が印象的で、物語もおもしろそうだ。
ほかにも『身近なものでつくる子どものアート』(図工教師と共作した美術教育書)、『むらさきいろになった すずめ』(じゃばら折りの絵本)、『理想の少年 インドの大衆ポスター』(インドで普及している視覚教材集)、『ゴミ! くず拾いの子どもたちとリサイクルについて』(インドの社会問題を扱った本)などなど、アイデアがいい。
タラブックスの成功の秘訣について、ギータは語る。
ひとつ目に、長い間、続けてきたからでしょうね。22年間というのは長い時間です。それから、妥協をしないということ。私たちは高い水準で本をつくっています。そして、新しいことをやり続けているということ
〝出版不況〟という言葉は、もう聞き飽きた。いまも確実に本を必要としている人々はいる。僕は、そういう人々を「新しい読書人階級」と呼んでいる。日本の出版社も本屋も、タラブックスに学んで、新しい読書人階級に読まれる本を出版して欲しいし、売って欲しい。
タラブックスの本は、和訳もある。興味のある人は、ぜひ、手に取ってもらいたい。
お勧めの本:
『世界を変える美しい本――インド・タラブックスの挑戦』(ブルーシープ)