本の楽園 第198回 少女詩集

作家
村上政彦

 小学生のころだったか、『時には母のない子のように』という歌が流行った。哀愁を帯びたメロディーと歌詞が好きで、よく口ずさんだ覚えがある。作詞をしたのが寺山修司だと知ったのは、小説家としてデビューしてからだった。
 僕が小説家の仮免許を取ったのは29歳のときだ。それから四苦八苦しながら小説を書き続けてきたが、無からの創造は大変でしょう、と言われることがある。けれど、それはない。
 小説家は誰しも、先行作家の小説を読んで、自分の小説を書き始める。日本でふたりめのノーベル文学賞をもらった大江健三郎はサルトルの影響を受けたといっているし、僕の好きな小説家の中上健次は、大江健三郎の影響から逃れるために苦心をした。
 新しいアイデアとは、すでにあるアイデアの新しい組み合わせ、という。新しい小説も同じだ。先行作家の小説を別の先行作家の小説と組み合わせて、よく咀嚼して血肉として、そこに自分らしさを加える。そうすることで新しい小説は誕生する。
 永井荷風が、小説家は、思索と読書の二つを実践しなければ、詩嚢がすぐに涸れるといっている。どのような小説を読むか、それをどれだけ深く摂取できるか――これは小説を書き続ける秘訣のひとつだろう。 続きを読む

第九初演200周年 ベートーヴェンと「歓喜の歌」展 《見どころ紹介》

創価大学文学部教授
伊藤貴雄

 本年(2024年)はドイツの作曲家ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」、通称「第九」の初演から200周年に当たる。これを記念して、東京・八王子市の創価大学では「ベートーヴェンと『歓喜の歌』展」が開催されている(同大の中央教育棟1階にて、12月27日まで)。
 展示では、同大が所蔵するベートーヴェン直筆書簡(複製)など、数々の貴重な資料を公開している。
 11月1日に行われた開幕式には、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団元コンサートマスターのライナー・キュッヒル氏、ベートーヴェン研究の大家であるチューリヒ大学教授のハンス=ヨアヒム・ヒンリヒセン氏など、各界から祝辞が寄せられた。
 本展を監修した立場から、見どころをいくつか紹介する。

見どころ① ベートーヴェン直筆書簡

 一番の目玉は、何といってもベートーヴェンの直筆書簡である。
 ベートーヴェンは悪筆で知られるだけあって、たしかに判読困難である。しかし字の勢いは、あふれんばかりの力を湛えている。紙の両面に書かれているので、裏の文字もにじんで見える。展示ケースのうしろに回ると、裏面の文字も見えるように設置されている。全文の日本語訳も付けてある。
 書簡は、1815年9月、ベートーヴェン44歳のときに書かれた。支援者であったエルデッディ伯爵夫人の子どもの家庭教師ブラウフルに宛てたものである。ドイツ語原文はドイツで発刊された『ベートーヴェン書簡全集』第3巻(ヘンレ社、1996年)にも収録されている(書簡番号835)。 続きを読む

公明党、次への展望(後編)――党創立者が願ったこと

ライター
松田 明

「あなたに会うために来ました」

 公明党の創立者である池田大作・創価学会第3代会長が逝去して、この11月15日が一周忌となった。11月17日には、公明党結党60周年を迎える。
 先の党臨時全国大会で代表に選出された斉藤鉄夫氏は、新代表としてのあいさつで次のように述べた。

公明党は今月17日に結党60年の節目を迎えます。60年は人間の年齢で言えば還暦に当たります。還暦には「新しく出発する」という意味がございます。
党創立者である池田大作・創価学会第三代会長が示された「大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく」との立党精神・原点に今一度立ち返り、党として新しい出発をしたいと思います。(『公明新聞』11月10日

 この「立党精神」は、結党の2年前の1962年9月、党の前身である公明政治連盟の第1回全国大会で来賓あいさつをした池田会長の言葉に基づいている。このとき会長は、次のように述べている。

 大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆のために戦い、大衆の中に入りきって、大衆の中に死んでいっていただきたい。(『大衆とともに 公明党50年の歩み』)

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『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第66回 正修止観章㉖

[3]「2. 広く解す」㉔

(9)十乗観法を明かす⑬

 ③不可思議境とは何か(11)

(8)略して自他事理を結し以て三諦を成ず

 この段には、三世間、十法界、十如是を経歴して、妙境である三諦の様相を明らかにしている。冒頭に、

 若し一心一切心・一切心一心・非一非一切、一陰一切陰・一切陰一陰・非一非一切、一入一切入・一切入一入・非一非一切、一界一切界・一切界一界・非一非一切、一衆生一切衆生・一切衆生一衆生・非一非一切、一国土一切国土・一切国土一国土・非一非一切、一相一切相・一切相一相・非一非一切、乃至、一究竟一切究竟・一切究竟一究竟・非一非一切を解せば、遍く一切に歴て、皆な是れ不可思議境なり。若し法性と無明は合わせて一切法の陰・界・入等有らば、即ち是れ俗諦なり。一切の界・入は是れ一法界ならば、即ち是れ真諦なり。非一非一切は即ち是れ中道第一義諦なり。是の如く遍く一切の法に歴ば、不思議の三諦に非ざること無し、云云。(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅱ)、592頁)

と述べている。 続きを読む

書評『ハヤブサを盗んだ男』――世界的な野鳥の闇市場その実態に迫る

ライター
小林芳雄

鷹狩の歴史と文化

 著者のジョシュア・ハマーは、『アルカイダから古文書を守った図書館員』などで知られるジャーナリストである。本書は、イギリスの野生生物犯罪専門の捜査官アンディ・マクウィリアムと五大陸を股にかけたな猛禽類の密猟者ジェフリー・レンドラムの2人を中心にとりあげ、世界的な野鳥の闇市場の実態に迫ったノンフィクションである。
 2017年のとある日、何気なく目にした「ハヤブサの卵泥棒」の記事に好奇心をいだいたことから、著者は野鳥の闇市場に興味をもち、関係人物に取材を始める。
 取材を通じて明らかになったのは、闇市場の規模は特定の愛好家を対象とした小さなものではなく、巨額の金銭が飛び交う、世界的なネットワークを形成していたということである。

 国境を越えて多額の金銭が飛びかう世界には、当然ながら闇がある。猛禽類のブラックマーケットが膨張することになるのだ。飼育下繁殖の鳥よりも、野生状態で捕獲された鳥のほうが強いと妄信するコレクターと、カネになるなら法を犯すこともいとわない輩が闇市場を支える。(本書57ページ)

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